天萬神社

夏祭り 7月31日 午後7時


天萬の夏祭り  水無月さん  

2026年7月31日 祭典夜7時 斎行

無病息災を祈りながら茅の輪をくぐり 夏越しの汚れを汚れを落とします

夏祭りの神賑わし行事は百年を経ており懐かしい祭りの風景を今に伝えます

2026年演目

6月初旬に公表予定

2026年夏祭り演芸
昨年の演芸は朝花美穂さんでした。
本年の演目は6月初旬に公表する予定です。

2025年朝花美穂 歌謡ショー

2025年7月13日公会堂コンサートに続いて、7月31日は天萬神社夏祭り歌謡ショーに出演!

午後8時15分より

春祭り 例年4月11日 祭典 午後2時

春のお祭りは例大祭として最も大切なお祭りとして行われます。
これから一年間無事に農作物が育つよう、また事業が発展するよう、そして元気に生活できるよう神様にお祈りします。

下の写真は、これから新しく小学校に入学する稚児の皆さんをお祝いする稚児行列と歓学祭の様子を紹介しています。

晴れていれば、神社から300m程のところにある神幸場まで御神輿とともに稚児行列を行い歓学祭りを行います。

春祭り稚児行列のご案内。

春祭りに行われる稚児行列には新たに小学校に入学されるかたはどなたも御参加いただけます。お申し込みは天萬神社社務所まで電話でお申し込みください。

電話 0859–64–3233

煙火打上   奉納少年相撲   夜店 

打ち上げ花火 午後8時から 間近で打ちあがる花火は迫力満点!天萬神社ならでは 
少年相撲では勝ち抜くたびに商品授与
夜店も多数出店します。

2024年 伊勢大神楽講社

2024年7月31日天萬神社夏祭りで

大神楽が奉納されました。
夜祭で奉納される神楽は神秘的で感動的なそして懐かしい素晴らしいものでした。
2つの獅子が並び立つ神楽の舞は天萬神社で行われるこの奉納だけという特別なものです。どうぞリンクからご覧ください。
天萬神社境内の様子はyoutube後半6:11ごろからご覧いただけます。

縁起

天萬神社の由来

   正和元年(1312年)伯耆の国会見郷手間の氏神様は熊野権現でありました。

  その頃 伯耆町岩屋谷の長者原に住む豪族で日頃から神仏の信心篤く特に伊勢神宮を崇敬し参宮を毎年行う進甲斐録兵衛尉紀成盛はある年、「寄る歳波に、今年限りの参宮ー」と二十一日間を伊勢にお籠もりし、満願の夜夢ざとしを受け喜んで帰郷したところ、手間の日の岡山の森(坂田酒店の裏の古墳)に「夜毎不思議な光が見える」との噂を耳にします。早速日の岡山の麓を訪れると確かに光が見えその源に「鏡」と「矢じり」が見付かり、進氏は「これこそ お伊勢さんが 祭祀を仰せ付けられたもの」と喜び、手間の氏神である熊野権現を祭祀する社地に仮宮を造営し正和元年五月に鎮座祭を行います。同年十一月にはさらに神殿を建て社地も寄進して拡張し盛大な遷座祭を執り行なうのでした。これが現在まで続く天萬神社となります。 

もとの熊野権現は現在、境内の向かって左に鎮座し、右には木野山社、荒神宮2社が他から移築され今日の形になります。 


  参道はそれまで拝殿左の鳥居から南(福里方向)に延びる道(上の馬場といわれている道)でしたが、進氏は更に自分の住まいの方角長者原に向って、百三十間(約二百四十メートル)巾四間(約七メートル) の大参道を寄進し「手間のお伊勢さん」と称し崇敬したところ元あった熊野社と共に地元の人々から大切にされる氏神様になりました。

  その当時を物語るように長者原から流れ出る谷川を渡る橋のある所の地名を奉加橋といい、当時長者の行列が通る橋の名がそのまま地名と成ったものと考えられます。

 近郷の人々もこの「手間のお伊勢さん」を崇敬し、上方街道 つまり 出雲街道を往来する旅人が手間宿で休んだり宿をとり旅の安全を祈願する人々で社頭は大変賑わったということです。

 その後 進氏は文和四年(1355年)3月13日南北朝の動乱の京都東寺合戦に加わり没落し当社もかっての隆盛が衰えたと記されています。

御祭神 
天萬神社 天照皇大神(アマテラススメオヽカミ)、天手力男神(アメノテジカラヲノカミ)、天萬栲幡千々姫神(アメノヨロズタエハタチヽヒメノカミ)
 熊野社 伊邪那美命(イザナミノミコト)、事解男命(コトサカノヲノミコト)、速玉男命(ハヤタマノヲノミコト)木野山社 荒神宮 埴山姫神(ハニヤマヒメノカミ)、彌都波能賣神(ミズハノメノカミ)、軻遇突智神(カグツチノカミ)

祭日  
 四月十一日 例大祭 併せて御幸祭
 御幸祭では氏子の小学校新一年生が同行して学業成就の祈願祭も行われます。
 七月三十一日 大祓祭 (水無月さんとか、輪くぐりさんと云われている夏祭り)
 十月十一日 例祭

 尚 明治四十二年(1909年)の大祓祭(夏祭り)について、「古来参拝者多ク 相當ノ賑ヲ呈シタルモ尚一層ノ発展ヲ圖ラント 氏子遠藤宇一郎遠藤保市山本富治ノ三名が発起トナリ 境内及参道両側ニ 二百餘ノ提灯ヲ点燈 煙火ノ打揚 花相撲等ノ神賑ヲ實施シタルニ 近郷ハ勿論 遠ク日野郡 能義郡地方ヨリノ参拝者激増シ 終夜雑踏ヲ極ム 爾来歳々継續實施 地方ノ年中行事ノ一トナリ 益々盛況ヲ呈ス」と記録されています。

 夏祭りの神賑わし行事は百十年以上年を経ており、数十年前までは近年よりも露天商の数・種類が多く、法勝寺電車の在った頃は参拝者のために夜十一時頃米子、法勝寺両方面への臨時便が設けられたほどの賑わいでした。 

天萬神社

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